東京地方裁判所 昭和46年(特わ)1501号 判決
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〔主文〕被告人を懲役四月に処する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
〔判決理由〕(罪となるべき事実)
被告人は
第一 昭和四六年九月二八日午後八時三〇分ころ、東京都北区中十条一丁目七番先付近道路において、酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、普通乗用自動車を運転し
第二 前記日時ころ、前記場所先道路において、前記自動車を運転中、大和賢次運転の普通乗用自動車と接触し、同車を損壊する交通事故を起こしたのに、その事故発生の日時・場所等法律の定める事項を、直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつ
たものである。
(証処の標目)(累犯前科)(法令の適用)略
(弁護人の主張に対する判断)
一、被告人は、当時アルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態ではなかつたとの主張について、
前掲各証拠によると次の事実が認められる。すなわち、被告人は、本件事故当日の午後五時三〇分ころから午後八時ころまでの間、知人の斉藤宅で同人と二人でビール(大)一本と日本酒を三合ないし四合を飲んだ後、同人宅から約三〇〇メートル位しか離れていない自宅に斉藤の息子二人(一五才と九才)に送られて帰宅した(被告人は送られたのでなく、小遺銭を与えるためにつれてきたものであるというが、仮にそうだとしても、そのためにわざわざ自宅につれてくること自体、酒の影響のためといえないこともない)。自宅では近所の人達が集つて会合を開いていたが、被告人は飲酒していたので右会合に顔を出さないで、そのまま寝ることとして寝室に行き寝巻に着替えたが寝つかれないので自動車を運転して近くを一廻りしてこようと考えて寝巻を着たまま座敷から直接(玄関をとおることなく)車庫に下りて本件自動車を運転して行き本件事故となつたものである。本件自動車はフロントフエンダーが破損してそれがタイヤに接触していて、走行中音をたてていたが被告人はそのまま運転していたこと、踏切を通過する際にも一時停止することなく通過していること、呼気量検知の結果呼気一リツトルにつき1.0ミリグラムのアルコールを保有していたこと、検知の際、五〇センチメートル離れた位置からも酒臭が強かつたこと、直立能力を検査するため直立させたがしやがみこんでしまつたこと、歩行もできなかつたこと、その際の捜査官の質問に対しても「今日は酒を飲んだ。ばかやろう。ニクソンが悪いんだ。」などと述べていること等の事実が認められる。右事実によると、被告人は本件当時、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれ(具体的に相当程度の蓋然性をもつた)があつた状態であつたとみるのが相当である。もつとも、被告人は、六合ないし七合が平素の適量であるから右程度の飲酒量では酔うことなく、検知の際の言動は警察官に対する反発のためのみからであると述べているが、右供述は、証人市ノ川昌の証言に対比してたやすく措信しがたい。また、被告人の妻である季玉秀は被告人が帰宅した際、飲酒していた様子は感じられなかつたと述べているが、他方同人は、被告人の所在が判らないと知るや飲酒運転で事故を起こしたら大変であると警察(一一〇番)に電話していること(もつとも同人は電話したのは斉藤の妻から被告人が飲酒していることを聞いてからであると述べているが、斉藤まりの司法警察職員に対する供述調書によると同人が季玉秀から連絡を受けたのは本件事故後であることが明らかである。)等に鑑み信用できない。なお、弁護人は、呼気量検査(北川式飲酒検知器)は専問的知職を有しない取締担当警察官が実施しているので科学的厳密性が極めてうたがわしいと述べているが、右検知器の使用方法はきわめて簡単であり、必ずしも専問的知識を必要とせず使用方法さえ知つていれば取扱う者の技術的巧拙による差はないものであるところ被告人の呼気量を検知をした市ノ川昌は交通係の警察官として右検知器の使用についてはかなりの経験を有していたことが明らかであるから、弁護人の主張は理由がない(防禦権行使不可能の主張も理由がないことは明らかである。)。
二、道路交通法七二条一項後段の報告義務の規定は憲法三八条一項(弁護人の弁論要旨では、二一八条一項としているが誤記であると認める。)に反するとの主張について、
道路交通法七二条一項後段の規定が憲法三八条一項の規定に反するといえないことは明らかである(同条の前身である道路交通取締法施行令六七条に関する最判昭三七・五・二・(大)集一六・五・四九五、現行法に関する最判昭四五・七・二八(三小)集二四・七・五六九参照)のみならず、仮に右法条所定の事項について報告義務が間接的に黙秘権を侵害する結果となりうる場合があるとしても(被告人は、本件事故の発生について帰責事由がないと主張しているところ、もしそう信じていたのであるならば報告義務を認めても黙秘権を侵害するかどうか疑問である。)、一般市民に対し重大な危害を及ぼすおそれのある高度の危険を伴う車両を運転して道路を広範囲に利用する利益を得ている自動車の運転者に対しては右事項に関する程度の報告義務を課することは許される(すなわち、運転者としては黙秘権自体に内在する制約として受忍すべきである。)ものというべきである(東高判昭四七・五・二九(刑三)判時六七三・九二参照)。
三、道路交通法七二条一項後段の報告義務は「負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない」程度の事故が発生した場合に右事故の発生について帰責事由を有する者が負担すべきであるところ、本件事故は軽微であるから右にいう程度の事故にあたらず、また被告人は本件事故の発生について責任がないから右報告義務がないとの主張について、
道路交通法七二条一項後段冒頭の「この場合において」とは、「車両等の交通による人の死傷又は物の損壊があつた場合」すなわち交通事故があつた場合を指す(最判昭三八・四・一七(大)集一七・三・三二九参照)ものであつて、「負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない」場合を指すものではない。このことは同条の「当該交通事故について講じた措置」だけでなく負傷の程度、損壊の程度(しかも程度についても何ら限定していない。)などをも報告すべき旨規定していることなど同条の文言自体から明らかである。したがつて、交通事故が発生した以上(右事故が同条にいう交通事故と認められる以上)、事故によつて生じた損壊の程度如何によつて右報告義務を免れしめるものではないというべきである(東高判昭四七・五・二九判時六七三・九二、同昭四五・一二・八高刑集二三・四・八四六、同昭四三・一一・二五判タ二三三・一八九参照)。もし、損壊が軽微の場合に報告を要しないとすると、軽微かどうかすなわち報告すべき場合かどうかを当該運転者の判断に委ねることとなり、本条の立法趣旨(二項、三項参照)に鑑みて適当でないのみならず仮に軽微な場合報告を要しないとの立場に立つとしても、本件の場合、事故の結果大和運転車両の前部フラシャーランプのレンズが割れて道路上に直経約三メートルの範囲にわたつてその破片が散乱したことが認められるから報告すべき場合に該るというべきである(可罰的違法性が存在しないとの主張も理由がないことが明らかである。)。
また、自己の運転する車両が事故の生発に関与したものである限り、運転者はその結果の発生についての過失の有無を問わず道路交通法七二条一項後段の報告義務を免れないと解するのが相当である(東高判昭四四・一二・一七、高刑集二二・六・九五一、同昭三七・一〇・八東高刑時報一三・一〇・二三九、仙高判昭四三・五・一七下刑集一〇・五・五三九、旧自動車取締令二五条に関する大判大一五・一二・二三・集五・五八六参照)のみならず、前掲各証拠によると本件の場合、本件事故の発生について被告人の過失がないということはできない。
以上のとおりであるから、弁護人の主張は、いずれも、理由がない。
(小林曻一)